桔梗の寺 天得院 京都市東山区本町15-802 電話075-561-5239
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豊臣家滅亡の原因となった「国家安康君臣豊楽」の 銘文により取り壊された後、再建。 現在は、桔梗の寺として親しまれている。 お問い合わせ 宗教法人天得院

 


天得院  

天得院は、万松山と号し、南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に、東福寺第三十世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつです。その後は、衰微していましたが、中興 大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興されました。
慶長19年(1614年)に東福寺第二二七世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住菴となり、豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として手厚い扱いを受けていました。そして、秀頼の請に応じ、方広寺の鐘銘を撰文することになりました。この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を願うものとして家康に難詰され、天得院は取り壊されました。
堂宇は、その後、天明9年(1789年)に再建され、明治元年(1868年)には、山内の塔頭、本成寺を合併し、現在に至っています。
現在墓地には、普円国師の無縫塔をはじめ、文英清韓長老、東福寺二四二世南宗祖辰和尚等の墓も現存しています。
桃山時代に作庭されたとされる庭園は、昭和43年中根金作師の指導により一部補修され、現在に至っています。びっしりと杉苔に覆われた枯山水の庭に、凜と咲く桔梗の青や白の花が美しく、桔梗の寺として知られるようになりました。

 

 

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